祖母がくも膜下出血により脳血管性認知症になってしまいました
脳血管性認知症になった原因はくも膜下出血で倒れたから?
私が小学生の頃、祖母の家に兄と泊まりに行っていた時のことでした。私と兄の目の前でお昼寝をしていた祖母が突然起き上がり、そのままゆらゆら揺れた後バタンと床に倒れました。倒れた原因はくも膜下出血という脳血管障害による脳出血でした。
幸いにも私と兄がいたために救急車をすぐ呼ぶことができて一命は取り留めましたが、重い 脳血管性認知症になりました。そこから亡くなるまで約15年程介護生活となりました。
当初は一緒に暮らしていた祖父が全て面倒を見ていました。やがて認知症が進行するにつれ尿失禁や徘徊等を繰り返すようにもなり、祖父だけの力では安全に生活できないようになったので、やむを得ず特別養護老人ホームに入居することになりました。
入居した当初はまだ体力もあり、ちんぷんかんぷんながら会話もできていたので、私もよくホームの運動会やお花見等のイベントを家族と一緒に見に行ったのを覚えています。祖父は祖母に非常に優しく、意思疎通が曖昧になっても変わらずほぼ毎日ホームを訪れ愛情を注いでいたことが今でも鮮明に私の心にも残っています。
食事をさせてくれないと責められてしまう認知症のトラブル
私はその頃まだ小学生で認知症の方と関わるのも初めてのことでした。
ある日祖母がご飯を食べたばかりなのにご飯が食べたいと言い出した時に、「おばあちゃん、さっきご飯食べたよ」と声をかけると、とても強い口調で「私はまだ食べてないのに食べさせてくれないのか」というようなことを言われました。
小さい頃からとても優しかった祖母に初めてきつく言われ、怖い言い方がすごくショックだったことを今でも覚えています。
でも、私も大人になるにつれて、祖母側の気持ちに立つことができるようになっていきました。忘れられることもショックですが、きっと忘れることの方が恐怖だろうなと。大切な家族のことを忘れてしまう日が来るなんて。認知症になっても、ふいに昔の記憶が戻る時があると聞いたこともあります。
認知症でも昔の記憶が戻るときはどのような気持ちか?
昔の記憶が戻った瞬間にきっと想像を絶する恐怖心でいっぱいだったんじゃないかと思うと、忘れられることなんてどうってことはなかったのです。忘れられても私の中には全ての思い出が残っていたので生きてさえいてくれて声をかけると返事をしてくれて、それだけでうれしかったです。
もちろん一日中介護となるとそんな気持ちばかりではいられなかったとは思いますが、普段何もできない分私もできるだけ近くに行った時はホームに顔を出すようにしていました。
祖母が亡くなってから数年して祖父も認知症になりました。元気な時に祖父が言っていた「忘れることが怖い」という一言がいつも胸に残っていて、祖母に愛情を注ぎ続けていた祖父をずっと見ていました。今度は私達がそんな祖父を大切に大切に介護していこうと、そんな思いで祖母の時より更に時間が許す限り会いに行くことにしたのです。
認知症にかかってしまうと、直前に食事をしたのにすぐに忘れてしまい、もう食べたと指摘をしても食事をさせてくれないと責められてしまうのは、よくあるトラブルよね。
認知症なった人が食事をしていないことを否定されると、強い拒否反応をしてトラブルを増大させてしまう恐れがあるから、少しでも食事させられるよう柔軟な対応が望ましいわよ。
認知症で家族のことを忘れてしまっても、昔の記憶が一時的によみがえることはかすかな希望になれるわよね。
認知症が進行して昔の記憶が全て忘れてしまっても、一瞬でもいいから家族のことは思い出せられるよう願いたいものだわ。
くも膜下出血などの脳障害による脳血管障害ほど怖いものはないわ。脳血管性認知症の原因だけでなく、最悪死に至らしめることがあるから。
脳血管障害の原因は主に糖尿病を始めとした生活習慣病によるわね。言い換えると認知症を予防するには生活習慣を改善することが大事ということ。
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